2010年03月15日

インドネシア最終日!

約3週間のインドネシア滞在も今日が最終日です。

この間、ブログに和田さんと中田さんの活躍が書くことができなかったのが、
欲求不満でしたが、とても充実した日々を過ごすことができました。
インドネシアでお世話になったみなさまありがとうございました。

帰国後、秘蔵写真のUPと、インドネシア番外編の記事をいくつかUPしたいと思っています。

そうそう今日はJICA専門家の新谷さんにPLSD研究所(?)に連れて行ってもらいました。
日本福祉大学の先生の理論を実践している組織です。
「PLSDは私たちにスピリットを与えてくれた」と熱く語ってくれました。
posted by taku at 11:10| Comment(0) | 中田インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月14日

記録作成とナシゴレン

今日は日曜日、一日部屋で文字起こしなど記録作成。

和田さんや中田さんの講義を何度も聴いていると、
その場ではなからなかった意図も感じらるように。
なかなか贅沢な時間です。

とはいっても一人でこつこつやるのはしんどい。
そんな時に、初のティニさんの昼食をいただく。

P1050628.JPG

◆海老のナシゴレン

インドネシアに来てから一番美味しいナシゴレンでした!
充電完了!さぁもう一息がんばろう!


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◆どこかおかしいところがありますね、、、さてどこでしょう?

夜はごほうびのビール♪ひさしぶりです。(本当ですよ)
両巨匠がジャスミン茶を飲んでいる横で丁稚がごくごく。
まぁ、最後の晩ということでお許しください。
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2010年03月13日

伝統的なセーフティネット

漁村に行った時のこと。

パパレレという網元と網子、つまり親分と漁師の関係が話題になった。
インドネシアのファシリテーターたちが「依存」関係を指摘したが、
中田さんによると「依存という見方はパーセプション」とのこと。

というのもの話を聞き込んでいくと、そうでもない関係が浮かび上がってくる。
一見、パパレレに搾取されているようでも、実はパパレレによって、
助けれている部分もまたある。また緊急時にはその関係性が
セーフティネットととして機能していくことも見えてくる。

つまり、和田さん、中田さんに言わせると「相互依存」だとのこと。
それらを明らかにするのもまた「事実質問」によって。

行政以前、伝統的なセーフティネットが機能していた。
しかし、近代化によって、または西欧の人権思想によって、
それらが解体され、新たな貧困に対応できない場合、
もうそこにはセーフティネットがない場合がある。

ちょっと理解が間違っているかも知れないけど、
そういったシステムと現在進行しているコミュニティの変遷に
外部者の存在意義を見たような気がした。

水俣でも「相互依存」を「一方的な依存」と決めつけていなかっただろうか。

よくわからない文書になってしまった。整理されていないですね。
posted by taku at 22:11| Comment(0) | 中田インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

贅沢な講義♪

今日、和田さんがインドネシアの人に講義をしているのを横で聞いていました。
地域開発をどのように、どんな視点、方法で行うのか、具体的なステップを午前中みっちりと。贅沢でした。

現在、文字起こしと要約を作成中。和田さんの声を何度も聞いて再学習中。
勉強になります。

中田さんからも「ラッキーだったな、このお父さん普通しないから」とのこと。ラッキー♪
posted by taku at 11:58| Comment(0) | 中田インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

村人に怒る?

和田さんは参加者を「ぐりぐり」する。
とことんしごくのだ。しかし、参加者はみな笑顔だ。
嫌な顔ひとつせず、むしろ喜んでいる風ですらある。

不思議だったが、まぁ研修なのでやる気があれば、当然そうなる。
しかし、和田さんはコミュニティでも同じようにやるらしい。
それを聞いたときは衝撃だった。

以下、そのやりとり

和田「村人だって同じようにやるよ」

丁稚「村人もですか?」

和田「そうだよ。当然だ」

丁稚「村の人は、嫌がったりしませんか?」

和田「全く。俺が怒るのを待っている。
   怒ると「えへへ」っとか言ってさ」

丁稚「それはオーナーシップが確立されているからでしょうか」

和田「そうだよ。あとはこちらが本気でやっているのがわかるからだ」

丁稚「恥ずかしながら、そういう状況がイメージすらできません」

和田「そうだろう」


オーナーシップをつくる、というのは参加型アプローチでの一つのポイントになる。

それぐらいのことは知っているつもりだった。本にもあるし、皆言う。
言葉としてはどこでもあるのではないだろうか。
しかし、その内容を全く理解できていなかったことに今日気付けた。

上記で述べたように、僕には「外部者に怒られても、喜んでアクションプランを
つくるコミュニティの人々」がイメージすらできない。

というのも今までの自分の経験の範囲内では、そんなことをしたら、
向こうも怒ってしまって、物事がうまくいかなくなると思っていたからだ。

それが一つの偏見であり、自分の関係性づくりができていない証拠だった。
つまり、やはり「こちらの意図することをやってもらう」というイメージが自然とあったのだと思う。

これをもう少し考えていくと、「村の人には意味がない(もしくはあまり意味がない)こと」
というのを無意識化では認識した上で「村の人にやってもらう方法」を考えていた、
ということになるような気がする。
これでは中身が一緒でシールだけ張り替えているにすぎない。
もしくは「参加型でその気にさせる」とか。

もちろんシールだけ張り替えている活動はたくさんあるし、
そういった活動はよくない、と思っていた。
自分がやっていることはそうではない、と思っていた。
しかし、それは思い込みで実はあんまり変わらなかったのかも、、、

というのも
水俣で地元学をやるときもそういった意識があったように思う。
オーナーシップの確立の方法を知らなかったとは言え、
上記のような活動ならやる意味はどこにあるのか。

「腹の底から納得する」 「If I find it, I use it」
それぞれのシンプルな言葉が深い。まだまだ理解が追いつきません。
posted by taku at 17:25| Comment(0) | 中田インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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