2010年02月07日

熊日出版文化賞受賞! 緒方正実『孤闘 −正直に生きる−』

すいまん、今回の記事は全く参加型開発研究所とは関係ありませんが、
少しPRをさせて下さい。

表題の『孤闘 −正直に生きる』は水俣病患者である緒方正実さんの
闘いの記録をまとめた記録集です。

丁稚・坂西が水俣時代に編集に関わらせてもらい、
正実さんと二人三脚で作り上げました。
その『孤闘』がこの度、熊日出版文化賞を受賞しました!

思えばあの頃はファシリテーションや事実の重要性を
全く理解していませんでしたが、『孤闘』では徹底的に事実のみを
追って編集しました。
最初はパーセプション重視の聞き取り集を作成したかったのですが、
正実さんが「資料をもとにやりたい」と強く言われて現在のような形になりました。

今思えば、正実さんは闘いの中でも事実を重視されていました。
正実さんが最終的に認定を勝ち取ることができた大きな要因の一つは
「共感」ではないかと思っています。
それは支援者や新聞記者はもちろん、相手方の行政の職員をも巻き込みました。

以前から正実さんの闘いは、今までのような告発型ではなく、
対話を重視した新しいスタイルだと思っていました。
その軌跡を中田流の視点で今振り返ってみると、
正実さんが事実をもとに行政職員さえもファシリテートした
からだったかも知れないと今思います。
改めて正実さんに感謝したいです。

下記に受賞の記事と出版時の記事を掲載しています。興味がある方は読んでいただけたら幸いです。
また本の内容に興味がある方はぜひ坂西までご連絡下さい。



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受賞作5点決まる 第31回熊日出版文化賞 2010年02月06日

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候補作について意見を交わす選考委員=熊本市の熊日倶楽部(大田垣典子)


受賞作5点決まる 第31回熊日出版文化賞の写真、図解
候補作について意見を交わす選考委員=熊本市の熊日倶楽部(大田垣典子)
 第31回熊日出版文化賞の本選考が5日、熊本市上通町の熊日倶楽部であり、自費出版物に贈る「マイブック賞」1点と特別賞1点を含む5点の受賞作が決まった。

 出版文化賞の「新宇土市史」は、宇土市が1992〜2009年に全7巻を刊行。古代から現代までの通史を資料とともに網羅し「学問的な水準が高く、今後の研究に有益」と称賛された。普及版の「宇土の今昔 百ものがたり」も一括して表彰の対象となった。

 「肥後学講座」は、「熊本城400年と熊本ルネッサンス」県民運動本部(吉丸良治会長)が04年から開いてきた市民向け講座の講演録で、09年の第3巻で完結。県内の研究者や郷土史家が近世の歴史を解説し「運動を盛り上げる出版活動」として認められた。

 「くまもとの野鳥」は、日本野鳥の会県支部(高野茂樹支部長)が企画した写真図鑑。会員らが撮影した写真とともに野鳥の特徴や生息状況をコンパクトに紹介し「分かりやすく、使いやすい」と好評だった。

 マイブック賞の「孤闘」は、水俣病患者の緒方正実さん(52)=水俣市=が水俣病認定を勝ち取るまでの記録をまとめ「生の資料から闘いの軌跡が伝わる」と注目された。特別賞の「徳永直文学選集」は、熊本市出身のプロレタリア作家の小説や評論を全2巻に収め、資料的な価値が評価された。

 熊日出版文化賞は、県内の個人・団体の著作を毎年顕彰。今回は09年に刊行された153点を対象に、1月の予備選考で候補作18点を選んでいた。(小林義人)

 選考委員は次の通り(敬称略)。

 鍬田吉豊(県立図書館情報支援課参事)嵯峨一郎(熊本学園大商学部教授)嶋村清(東海大産業工学部教授)高浜州賀子(熊本大永青文庫研究センター客員准教授)富田紘一(熊本市文化財専門相談員)星子邦子(消費生活コンサルタント)松木良介(グラフィックデザイナー)高峰武(熊日論説委員長)

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熊本日日新聞 2009.3.16

認定まで10年間の闘い記録し出版 水俣市の緒方さん

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水俣病の認定申請を四度棄却された後に認定を受けた水俣市月浦の緒方正実さん(51)が、認定から丸二年となる十五日、十年間の闘いをまとめた記録集「孤闘−正直に生きる−」(創想舎)を出版した。法案提出などで未認定患者救済がクローズアップされる中、緒方さんは「今闘う多くの被害者に参考にしてほしい」と話している。

 緒方さんは芦北町女島で、親族に認定患者が多発した網元に生まれた。一万人を超える未認定患者が応じた一九九五年の政治決着で初めて被害を訴えたが対象外とされ、認定申請を決意。四度の棄却後、国の不服審査会による棄却取り消し裁決を経て、〇七年三月に患者認定された。

 一方、審査の過程では、県が疫学調査書で家族らの職業欄に無職を意味する「ブラブラ」と表記したり、本人に無断で小中学校の成績証明書を使用したりするなどの人権侵害が表面化。その都度、緒方さんは県職員に血の通った行政とは何かを問い続けた。

 記録集は七章立て。「一つの節目に」と昨年三月から保存資料の整理を始め、水俣病センター相思社職員坂西卓郎さん(30)らの協力で編集した。知事への申入書や手紙、不服審査会の書面など資料約百点のほか、集会報告や寄稿も収録し、十年間の闘いを克明に記録した。

 緒方さんは「私の闘いは孤独でつらいこともあったが、多くの人に支えられた。水俣病が五十年以上解決しないのは、人を人と思わない行政の仕組みが原因。この本を通じて真の解決に向かってほしい」と話している。

 B5判、六百十四ページで初版は四百冊。税込み九千四百五十円。相思社TEL0966(63)5800。(渡辺哲也)
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2010年01月24日

PHDのつどい 講師:坂西卓郎さん  「PHD to 水俣 〜つながる国際協力と地域活動〜」

丁稚の個人活動です。
参加型開発研究所の近くにあるPHD協会というNGOで
下記のような集いの時間を持ちます。

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一方的にお話を聞くだけでなく、お茶を飲みながら
意見を交わしていくという会です。みなさま是非、お越し下さい!


第3回 講師:坂西卓郎さん
 「PHD to 水俣 〜つながる国際協力と地域活動〜」

日時:2010年1月30日(土)
   16:00〜18:00

詳細:http://www.kisweb.ne.jp/phd/tsudoi.pdf

内容:
国内研修生を経て、なぜ水俣に行くことにしたのか。
そこにはPHDのメッセージが大きく影響しています。
初めて水俣を訪れたきっかけであるPHD協会の
西日本研修旅行、また水俣での経験から、
PHDと水俣のつながりを考えます。

プロフフィール:
1979年神戸生まれ。第8期PHD協会国内研修生、
元水俣病センター相思社職員。

PHD協会国内研修生を経て、水俣へ移住。水俣では患者支援、
みかんの産直、水俣フィールドツアー、JICA研修員への
地元学研修などを担当。5年間の水俣生活を終え、09年6月から
神戸に帰郷。現在は社会起業準備中。

共著「水俣50年 ひろがる思い」(作品舎)、
編著「孤闘 正直に生きる」(創始舎)など。

連絡先:
〒650-0022
 神戸市中央区元町通5-4-3
    元町アーバンライフ202
  TEL:078-351-4892
  FAX:078-351-4867
  E-Mail:phd@mb1.kisweb.ne.jp
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2010年01月17日

震災の日

今日は1.17。
震災の日です。やはり神戸生まれの自分には特別な日です。
今、こういう活動をしているのも「あの日」があってこそだと思う。

水俣に行ってから疎遠になっていたこの日、
(ちなみに水俣時代はPHDの研修生が来る日だったが)
今年はFMわいわいのをお手伝いをしようと思っていた。

が、家族が体調を悪くして自宅療養。
ともかく亡くなられた方へ、そして1.17に向けて、「黙祷」
posted by taku at 10:20| Comment(0) | 丁稚個人活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月15日

大阪YMCA国際専門学校にて講義

今日は丁稚の個人活動です。

表題のとおり、大阪YMCA国際専門学校に出かけてきました。
と言っても実態は講義ではなくわいわいと話をしてきただけですが。
僕の卒業後の歩みをざっと話をして、その後進路相談的な話へ。
「NGOで働くということとボランティアの区切りをどうつけるか」
など、古くて新しい悩みがいろいろとあるようです。

実はこのYMCAが僕の母校なんです。
僕は母校はいくつかありますが、その中でも最も僕の基礎となる部分を
形成してくれた場です。

「大阪YMCA国際専門学校 英米語学科 国際ボランティアコース」
というのが、その正式名称。今の生徒は4名。全員女性。
僕の代は2名でした。いつも2名から4名ぐらいの小規模で濃いコースです。

そのコースがなんと今年で最後かも知れない、という話でした。
全日制の2年間のコースなのですが、今は2年生だけ。
1年生は誰も入ってこず、今のところ来年度の申し込みもなし。
このままだれも入ってこないとコース閉鎖という事態に。

現役の子たちが「なんとかなくしたくない」という思いを
語ってくれたことにはじ〜んと来ましたが、状況は厳しいようです。

それはさておき、10年前の自分に会えたような感じで嬉しかったです。
卒業後、色んな人に出会い、支えられ今の自分があるんだな、というのも改めて感じましたね。
まだどこかにたどり着けたわけではありませんが、感謝を忘れてはいけないなと強く感じた一日でした。
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2010年01月10日

カマルさんと行く大豆生村

奈良県の限界集落・大豆生村(まめおむら)へスタディツアー。
主催は『とも』http://www.tomonowa.net/mameostudytour
AVCのネパールツアーの参加者が中心の集まり。

今日はカマル・フィヤルさんも参加。
もうこの業界では知る人ぞ知るというレベルではなく、
皆が知っている有名な国際的に活躍するファシリテーター。

日本とのつながりも深く、今は関大で博士を取得中とのこと。
そのカマルさんと日本との最初の関わりは我らが中田さん。
2000年にカマルさんのワークショップに参加した中田さんが
招待して全国あちこちでワークショップしたのがきっかけだったそう。
カマルさん曰く「その時は一度きりの日本行きだと思っていた」とのこと。

さて、大豆生村。奈良の東吉野にあり、限界集落と言われる。
大豆生村出身の西上さんが窓口になってくれ、
こういったよそ者との交流が何度か行われているそう。
ちなみにカマルさんは18回目とのことだ。

旅程

2010年1月10日(日)

9:30 榛原駅集合(近鉄大阪線)
9:55 バスで大豆生村へ(片道1180円)(次のバスは10:55.時刻表)
11:00 とんど焼き (*1, *2) & 自己紹介(*3)
午後: トランセクトウォーク with 地元の人
夕方: 温泉、ふりかえり、対話、ネパール語練習
夕食: 寄せ鍋、ボタン鍋、鴨鍋
宿泊(ふるさと村)

1月11日(祝)
森林伐採など林業体験、薪割り
昼食
15:30 大豆生村発

とんど焼きでは、今までの関係性づくりが良好なことを示すように
地元の人から盛大な料理が振舞われる。
鹿肉、鴨肉、おもち、ぜんざい、トン汁、お酒などなど。

地元の人は30人ほど集っていた。なんでも世帯は30世帯ほど。
ほとんどの住人が参加していたよう。が、よく聞いていくと
近くのマチである橿原から来た人もけっこう多い。
子どもはうちのさくともう一人だったが、その子も橿原の子だった。

どんとに盛大に火がつけられ、神様が煙にのって帰って行く。
それを皆で祝う。大豆村でも一時は廃れていた行事らしいが、
太鼓台保存会という自治組織が中心となって再現されたそうだ。

それにしても地元の人たちは皆楽しそう。
お互いを「〜ちゃん」と呼び合い、団結力がとても印象的だった。
どんと焼きの終盤、『とも』の側からネパールダンス、
新潟の祝い唄を披露。そうすると地元の人たちもお礼ということで
踊りを披露してくれた。

これは初の出来事だったようで、西上さんもとても驚いていたし、
18回も来ているカマルさんも「日本でこう言った返礼は初めて。
とても嬉しかった」とふりかえりでコメントしていた。

個人的には水俣を思いだし、水俣の良さを再認識できた。
水俣に住んでいる時は実感できなかった、コミュニティの存在に
改めて気付くことができ、また神戸に住む自分たちが失っている
関係性を突きつけられた。

大豆村は地域の人たちが本音で付き合える関係性があり、
また適度な都会である橿原も近いこともあり、
ポテンシャルが高い地域に思えた。

家族の体調が悪かったので、残念ながら初日のみの参加。
夕食後のふりかえりを終えてから、帰宅。車で3時間。
みなさん、朔の世話も含めていろいろとありがとうございました。
posted by taku at 12:34| Comment(0) | 丁稚個人活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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