2010年12月13日

中田さん再登場で「近代化における貧困」

◆釜ヶ崎ふりかえり

今日は中田さん、三輪さんのダブルファシリテーター。
まずは釜ヶ崎のふりかえりから。

炊き出し、すわっていた、飲んでいた、青空市場、外で寝ていた、、
というそれぞれのfindingがでてきて、その後それぞれにコメントを言ってもらいました。
以下、簡単に紹介します。

ノト
「ストリートチルドレンの活動をしているので興味があった。
 フィリピンと比べて、幸運だと思えたのは子どもを見なかったこと。
 フィリピンでは子どもが増加している」

パメラ
「ホームレス、ジョブレスの問題はあるが、環境は悪くなかったように感じた」

ファイサル
「驚いたということができる。ただ数が減少していることは良い傾向だ」

ヤダブ
「直接ホームレスの人と話すことはなかったのでfactはない。
 政府にとっては大きな問題という数ではない。100%はできないので。
 ただNPOにとっては無視できない課題だろう」

アリ
「事前にスラムに行くと聞いていたが、スラムはなかった。
 政府の支援もあり、状況は自分達の地域と比べれば悪くはないようだった」

ハイロ
「日本の近代化の影の部分。でも女性はいなかった」

中田さんからは2年前のJICA研修で釜ヶ崎にいったときの話がありました。
「高齢者が路上で生活している。炊き出しに並んでいる。
 なぜ親族は助けないのか。私達のコミュニティでは恥にあたる、
 と研修員が怒っていた。しかし、、、水俣の農村で若者をみたか?」

研修員「いや見ていない。数人いたぐらい」

中田「そう。2年前の研修でも広島の農村に行き、理解した。
   村には若者がいない。つまり助けに来れない。
   では、若者はどこに行ったのか」

  「確かに釜ヶ崎の問題は改善の方向にあるが、近代化の問題のシンボルと言える。
   経済は落ちている。一方、ホームレスの人も減っている。
   そして孤独死という別の問題が浮上している。路上生活から開放されても孤独死が待っている。
   ホームレスか、孤独死か、どちらがいいのか、深刻な課題となっている。
   釜ヶ崎では、それらの問題を解決しようとフレンドシップを保つ施設のスタイルも実践されている」

  「私達にとっては再定住プログラムの難しさを学ぶことができる。神戸も同じことがおこった。
   マニラのすもーキーマウンテンでもそう。リソースはコミュニティのつながり。
   それを求めて戻ってくる。私達はsocial capitalと呼んでいる」

坂西もボランティアワークに関わるようになった原点の一つとして、
釜ヶ崎での体験をシェアしました。
ふりかえりは、まぁこんな感じで終了。



◆近代化とは

さて、ここから今日のセッション本番。
まず中田さんから「6週間の間に感じた一番の驚きは?」という質問。

インフラ、道、灌漑、水道、水俣でのタイムプランニング、JICAバスのタイムマネジメント、、、

ノトさんからは「笑顔。日本の人がフィリピンに来て、笑顔が印象だったと語って帰る。
それがなぜかはわからなかったが、日本に来てようやくわかった。日本の人は忙しく笑顔が少ない」

それを受けてファイサルが「じゃあ私達の国も発展すると笑顔がなくなるんだね」と。
中田さんから「そう、近代化によって得るもの、失うものがある」。

他にも、文化の違い、ハグをしない、忙しい人生、私達の国はeasy goingなどなどがでてきました。


次に中田さんから近代化の本質についての説明。
modernization とは industrialization。

「ではあなたの国で見ることのできる近代化は?」
、、、日本企業、トヨタとか、、
「そう。では日本でフィリピンを見ることができる?」
、、、いや、、バナナぐらい、、

強い企業の存在が大きな違いであり、工業化の重要な部分。
タイはアジアでは経済が発展している。しかし、それでもトヨタの年間売り上げと年間予算が比較できる。

他に近代化の要素はなんだろうか?
資本、銀行、労働力、土地、材料、教育、技術、、、

日本での最初の工業はシルク、ではその材料はどこから?  農村から。
そう、では誰が育てた?  農家の人。
そうだ、都会で育てたわけではない。農村、地方の材料から始めざるをえない。


◆インドネシアのケースから近代化の本質を考える

午後からは中田さんがインドネシアで聞き取りをした話を紹介してくれた。
ハリムさんとアスハールさんの二つの家族のケースから近代化の本質を見る。

この話はとても面白く、学びに溢れています。
この詳細を知りたい方はぜひ「途上国の話し方」を読んでください。同著のハイライトの一つでもあります。

ということで結論だけ報告すると、
「ハリムさんは力を持った農民で子どもに高等教育を受けさせることができる、
 しかし村には決して帰ってこない。
 これがturning point from subsistance economy to market economy。」

「アスハールさんは貧しい農民。家を建てるときにお金がなければ家畜を殺す。
 農地も限られているが、山の木を切る力はない。都会に行って建設現場で働き、スラムへ行く」

「つまり二つのストックが農村にはある。それは相互扶助と自然資源。
 私達はストックは預金通帳で見ることができるが、これらは見れない。
 減少にも気づきにくい。」

「家族が都会に移住して本当の貧困が始まる。しかし、貧困は現象であり、レッテルではない。」


ということで、これだけでは何のことかわかないし、僕の抽出の仕方もうまくないので、
詳しい内容を知りたい方はぜひ「話し方」を読んで下さい。

最後に中田さんからのメッセージとしては
「農村に人がいないと言うな」「コミュニティが何を持っているか、
何を失ったか、あなたではなくコミュニティの人に理解してもらう必要がある」と締めてくれました。

個人的にも事実質問のその次、が霧の向こうだったので、
マクロコンテクストへの理解を深めることができ、少しは視界がよくなりそうです。

またセッション終了後のふりかえりで
三輪さんが「今日の話で子どものことを思い出した。自分の子どもの成長にはなかなか気づけないが、
他人の子どもの成長はよくわかる。外部者の役割もそこにあるような気がする」
と言ってくれて、ハッとしました。

確かに日々農村コミュニティで起こっていることは、日常の中で少しずつ起こっていること。
その変化には当事者では当事者ゆえになかなか気づけない。そこにマクロの視点から物事を見れる
外部者の役割があるのかも、という視点はすとんと落ちて来ました。

中田さんが言うように「あなたではなく、コミュニティの人に理解してもらうことが重要」。
そこがあって、coping strategyが考えうるのだと思いました。

という訳で今日でモジュール4が終了。明日からアクションプラン作りです。
関係者ふりかえりで中田さんより大事なポイントは伝授してもらいました。
いよいよ研修も大詰めです!!
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