2009年11月24日

水俣ふりかえり!

今日は初の車でJICA大阪へ出勤。2時間20分が50分で到着。早い。
車を使った理由は、メインファシリテーターの長畑さんが仕事の都合で、
朝来れないということで、進行をまかされたため。
短い時間で、かつやることもふりかえりと決まっていはいるものの、
不安いっぱいで早く行って用意しようと思って車にしてみた。

午前中はともかく水俣のふりかえり。
ともかくスケジュールを時系列で振り返ってもらうことに。
最初は朝早く行って、スケジュールを板書しておこうと思ったのだけど、
ふと思いなおして、研修員に思い出してもらい言ってもらうことに。

進行を開始するとスケジュール表を見ようとするので、
「スケジュール表は見ないで思い出して」と言ってみる。
少し戸惑いがあったが、順調に出てきた。

その出方が面白かった。記憶に強弱がある。
あるセッションンは話が少し長くなったことがあったのだが、
その時の事などは何分スピーチがあったか、その後の質問は何分しかなかったとか、
詳細に覚えていて、思わず笑ってしまった。

総じて言えば、公私関わらず自分で観察したことはよく覚えていて、
レクチャーなどは記憶が薄かった感じ。ふりかえりもきちんと覚えていて
すぐにでてきたけど、レクチャーはモノによっては出てくるのに時間がかかってしまった。
思い出す、というのは正直なものだと思った。
また自分があんまり覚えていない部分などもあり、他の人の指摘で気付くことも多かった。
スケジュールのふりかえりで1時間かかってしまった。長畑からの指令が全然終わっていない。。

その後、スケジュールを踏まえて、ようやくFACTを考えていく。
まずは個人で、できるだけ書き出してもらい、それをグループでシェアしてもらう。
ここで午前中終了。

昼食を挟んで、長畑さんにバトンタッチ。
「帰国したら水俣のことを知らない人に水俣のことを伝えないといけない、
 その時には今出した事実をベースにしないといけない。事実を基に教訓を考えてみよう。」

ということでLearningを考えてみることに。
この作業とシェアリングでほぼ午後の時間を費やす。
途中、長畑さんのダンスセッション??
別件で来たJICEの人が一言
「楽しそうな研修ですね、これが研修ですか?」
いえいえ、ただの休憩時間です(笑

ちなみにでてきたFACT,及びLEARNINGはこんな感じ。

FACT・・・ごみ分別、クリーンセンター、地域の人の参加、ホスピタリティ、安全な水、
行政と市民の協働、ネガティブなイメージをポジティブに、村丸ごと博物館、
小学生の参加、ごみの22分別、地元学、あるもの探し、80%の人工林などなど

LEARNING・・・吉井元市長の存在、村をきれいにしている、地元学で自信を取り戻した、
外部者の役割、外部者の目を借りて地域の資源を見つける、組織化されたコミュニティ、
住民参加ではなく、行政参加、差別されている患者が自信を持って語っていた、
間違いから学ぶことができる、自然を持続的に活用することができる、
コミュニティの関係性を学ぶ必要がある、伝統的な活動の維持の重要性などなど。

上記のシェアリングを受けて、長畑さんがコメントをする。
「職場や村に帰って伝える時に「自然の持続的な活用を学んだ」と言って伝わる?」
参加者から「日本でないと学べないことなのか?と言われるよね」と応答があり、
長畑さんが続ける。「こういう表現だけを伝えても伝わらない、事実だけでも伝わらない。
事実と物語、そこからの学び、その両方を持って帰らないといけない。」

なるほど、確かにそう思う。水俣という固有の事例から学んだことを抽出すると、
一般的なものになってしまった。私たちはその固有の事例という事実を共有しているから
伝わるけど、それがない人たちには一般化してしまうと伝わらないだろう。大きく頷く。

今日のハイライトはここから。
長畑さんが「最後に一つ。日本人サイドからの感想をシェアしたい。
大川と頭石という二つのコミュニティでの私たちの経験の違いはなんだろう?」

実は長畑さん、八木さん、相思社の遠藤さんとの間で、ふりかえりを持った際に、
「二つのコミュニティでのそれぞれの体験を通してでてきたアウトプットに差があった。
大川では事実が少なく感想が大め、逆に頭石では事実が多く、
より躍動感に満ちたアウトプットになっていた。具体性も伴っており、
実際に地域の人との距離感もより親密な関係を築くことができた」

この差を私たちは、地域への入り方の違いだという仮説を持っていた。
大川では、地域に入り、いきなり地元学、あるもの探しという調査をした。
一方、頭石ではまず地域の水源に挨拶に行き、地名の由来の石を見て、
地域の人の手作り郷土料理をいただいた、作っている場所なども見た。
そういった交流密度の差が影響しているのではないかと考えていた。

長畑さんはそのことを投げかけてみようと言っていた。
僕はどのようにやるのだろう、と注目していた。
自分がやる場合のイメージが持てなかったからだ。

長畑さんは私たちの仮説には全く触れずに、
ただ2つの間に違いがあったかどうか、何か気付いたことはあったかどうかを
聞いていった。決して誘導するようなことはしなかった。

すると「頭石では対話の時間が多かった」、「料理のプロセスも見れた」
「大川では調査のようだった」、「頭石ではインタビューも交流の一つになった」
などなどの感想がでてきた。研修員もまた同じように感じていたようだった。

それらを受けて長畑さんが「ファシリテーターとして、開発ワーカーとして、
どう振舞うことが必要か、この経験から学べることができるね」とコメント。

今回のスケジュールで外部者の地域への入り方や振る舞いを学ぶことが目的、
意図されていた訳ではない。しかし、思いがけない経験からこのように重要な、
そして実践的で、共有の経験をベースにしているからこそ腑に落ちる学びができる。
それも全てはファシリテーション次第。レールを引いて、想定した学びだけに
引っ張っていっては今回のような学びはありえない。
自分がちょってやってみて、うまくいかなかった後だけに、
経験と方法論を持ったファシリテーターの真価を垣間見た思いだった。
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