2009年11月12日

コミュニティ開発における外部者の役割


今日のリフレクションはドミニカのソアネ、ネパールのディポッグさん。
やたら難しい化学とかの問題を出してきて、答えさせる。
もちろん、答えは分からない。
時間がきて、答え発表。答えはむちゃくちゃふざけたもの。

それを受けてソアネさんが
「答えはそこにある。プロセスをストレスを感じながらやるのではなく、
 楽しく、うまくいくようにやっていこう」と締め。
昨日の絵でのコミュニティの表現を受けての話。

今日の最初は昨日終わらなかった、日本人の絵の発表から。
まず坂西が水俣の絵の発表。外部者を中心に描き、住民を端っこに描いた
30年前の水俣の状況、中嶋さんが実家の出石市のそばの状況、
もとこさんはインドネシアと自分の地域を描いたものを描き、
それらをつなげたい、お互いが鏡になっていると発表。
最後に長畑さんが、西バリの国立公園とその管理をしているコミュニティの話を共有。
さりげなくコミュニティにおけるファシリテートの重要性を盛り込んでいた。
教えない、主体性や可能性を引き出すなどのキーワードがちらほら。

終了後、次のステップに。
まず長畑さんがそれぞれの絵をさらに突っ込みながら、
それぞれのコミュニティとの関わりを聞いていく。
地域に住んでいる人も居れば、毎日のように行く人、たまにしか行かない人などそれぞれ。
でも、毎日訪れても外部者であることを確認して、ワークへ。

マトリックスを作る。
1.住民も外部者も知らないこと
2.住民は知っているけど、外部者も知らないこと
3.住民は知らないけど、外部者は知っていること
4.住民も外部者も知らないこと

それぞれ書いてホワイトボードに貼っていく。
2.がたくさんでてきた。長畑さん曰くは2.があまりでないこともあるとか。
モジュール1.でコミュニティについての理解を深めたおかげか。
ちなみに2.の例は、地域の・・・・・。
ゴシップ、決定の仕組み、天候、活動、責任体制、適切なミーティングの時間、
特徴、経済、魚釣りの技術、コミュニティの問題、移動方法など。

3.はネットワーク、近代農業技術、マーケット、収入向上の方法、政治など。
4.は未来、自然資源の利用方法など。

長畑さんが「なぜ外部者は来る必要があるのか?」と問いかける。
「2.から1.へ、3.から1.へという動きもある。
 でも4.の資源を一緒に見つけ、新しいものをつくっていくことで、
 解決方法を見つけることもできる。」

では、どうやってその方法を見つけるか、を午後に考えることにする。
まず長畑さんが「コミュニティに入る際に何を最初にするか?」と質問。
観察、自己紹介、会議に参加、書類情報をチェック、交流などがでてくる。

それらは何のためか?
みんなでpartnership buildingのためだと辿りつく。

ここで昼休みの時間になる。
長畑さんが午後この続きをやりましょう、と言うと、
「昼ごはんはいらないから続けよう!」との声がでるぐらい、
研修員は積極的になっていた。強い関心があるようだ。

午後からワークに入る。
What kind of concrete actions,
we can do to build partnership with community?
上記を4人ずつのグループで30個以上考える。

僕も参加したが、30個はきつかった。
が、おかげで頭が整理できて、理解が深まっていった。
数個だったらすぐにでるだろうけど、それではあまり意味がないんだと思う。

僕のグループは、ドミニカ、アフガン組。
一般化傾向の強いと見られている研修員が揃ったグループでちょっと不安。
案の定、長畑さんが具体的なアクションを、と強調したにも関わらず、
work something togetherなどから始まる。

やばい、と思ったものの、その具体例などを聞いていくと
それぞれの経験が現れてきた。もとこさんのファシリテートのおかげ。感謝。
こちらが思っていたよりも豊かな経験があることが判明。

グループでのワークが終了した後、全体でシェアリング。
列挙すると、正直になる、議論をしない、偉そうにしない、目的を言う、
時間を守る、歴史を学ぶ、スポーツイベントへの参加、名前を覚える、
誘いを断らない、自分をコントロールする、力づくで事を行わない、
一緒に祈る、儀式への参加、などなど。興味深いものがいくつもでてきた。

長畑さんがいくつかの点を質問を通してさらに掘り下げる。
フォーマルとインフォーマルの違い、どちらを先に行うべきか。
名前を覚える時は、どうやって名前を聞くか、など。

最後に参加とは通常だれが何に参加することを言う?と問いかける。
「よく住民がプロセスに参加するという意味で使われるけど、
 今みんながシェアしてくれたように住民活動への参加という意味もある。
 私たち外部者のプログラムに住民が参加するわけじゃない」

今日は一参加者としてもとても勉強になった。
当たり前のようで深く考えられていなかったが、ワークや議論を通じて、
考えを深めることができた。

研修員も一般化したことを言うのは経験がないわけではなかった。
発表も素晴らしくて、もうこのコース卒業か、と思ったぐらいだったけど、
ふと思いなおし、経験はあるけど、その重要性や自らの経験から学ぶ、
ということができていないんだということに思い至る。

自らの経験の活用という意味でも、この研修を通じて、その経験の重要性に
気付き、そこから活動を組み立てることができるようになれば、
研修員にとってとても有意義なものになると確信した。

その気付きへの道はもう見えかけている。

2009年11月11日

モジュール2、外部者の役割、開始!

ふりかえりはアフガンのアタイさんとゆかりさん。
今日の表現はアミダくじ。それぞれの国を上に書き、
文化、福祉、経済の3つのどれかに辿りつく。
それぞれの国の人がその項目について説明をする。

アタイさんが「昨日、コミュニティにはそれぞれにユニークな試みがある
ことを確認した。コミュニティは自分たちでなんでもできる。
なぜなら政府やNGOが存在するずっと前からコミュニティは
自主的な活動をしてきた。その事実を見つけていく必要がある」と締めくくり。

モジュール2スタート。
長畑さんが次のように投げかける。
「How development worker what they are doing?」

今日は自分たちのコミュニティを表現するために
絵を描いてみることに。

Picture ―−−−−
Community Development MYSELF
 −What`s kind of community
 −How I work here?

1時間ぐらいかけて各自作成。
後は映写機で映し出し、それぞれ発表。

今までの成果か、具体的なコミュニティの絵と、
それぞれの仕事が描かれる。

リチャードは自分が最初に関わった村での農地の有効活用について描き、
ロサさんは障害者の支援活動、葵さんは大阪での生活と水供給について、
フェルナンドさんは地域での自分の役回りを、
オットーさんは2枚の絵を描き、マラリアの予防活動を表現。
レオはマングローブの植林とそれに伴う地域の変化を描いてくれた。

国内研修員のゆかりさんは
「今までアフリカに行きたかったけど、この研修に参加して、
 自分のコミュニティのことや、日本の問題について深く考えるようになり、
 自分のこれからのアクションについて悩むになった」とのこと。

コミュニティへのまなざしを掘り下げることで、
研修員の視点にも変化が現れ始めている。

2009年11月10日

コミュニティの主体的なアクション

今日のふりかえりはフェルナンドとブレンダ。
今回もワークで表現。

まず3グループでわかれて、
「Rules & Regulation」、「Language & Tradition」、「natural resouce」の
絵を5分間で書く。

書いた絵を壁に貼る。それを進行役がいきなり破る。
それをボランティアが修復する。とても時間がかかる。
もう一つは、地球の絵を描いた粘土をみんなでぐちゃぐちゃにする。

進行役が言う。
「これがリアリティ。壊したら直すのは難しい。
 昨日、コミュニティへのインパクトについて考えたが、
 コミュニティでも同じ。失われたものは戻すのが難しい。」

午前のセッションは、「昨日に続き、私たちのコミュニティから考える」と
長畑さんが始める。

最初のワークは「Community Action in response to chang or impact
of modernization」。
それぞれのコミュニティで避ける、守る、作るなどのために何らかのアクションがあるはず。
どのコミュニティかについては「One communitiy that I know well」とした。

一人では考えるのが難しいので、二人ペアで質問をしながら考えていくことに。
昨日のふりかえりで、いきなり投げ方だけをしてもうまく行かないかも、という話がでて、
長畑さんが島上さんにコミュニティについて研修員の前で質問していくという
デモンストレーションをすることに。

項目は「コミュニティの名前、規模、地形」
「経済−ユニークな経済活動、新しい活動など」
「インフラ−新しいインフラ、それを作るための住民の働きかけなど」
「自然資源の活用方法」
「文化と慣習−特別なイベントなど」
「個別のグループ活動−ユース、女性、老人など」
「NGOとGOのアクティビティ」
「福祉」、「協働、相互扶助」

デモンストレーションでは長畑さんが島上さんにそれぞれの項目について
「いつ」、「誰が」、「どこで」などとfact questionを繰り返し、
どのように具体的な話を引き出していくかを披露。
個人的にはとてもわかりやすく、やることも明確になったと感じた。

しかし、昼食時にふりかえりをした際には、
研修員にはイマイチうまく伝わっていなかった様子という話もあった。

このワークでは、
コミュニティの自主的な活動を発見し、その潜在力を発見するのが狙い。
しかし、一部のグループでは、コミュニティの活動よりも、
外部者としての自分たちの活動ばかりを話す傾向があったとか。

僕はグループに入っており、他のグループの様子はわからなかったのだが、
上記の項目をそれぞれ具体的に聞いていくと時間が足りないぐらいだった。

イマイチ具体や住民の主体的な活動がでていないグループには、
長畑さんが個別に質問をしていき、具体を引き出していく。
長畑さんの引き出しで、全てのグループで事例が出揃う。

発表は時間がないので、ペアの片方がポストイットを貼った紙の前に立つ。
8グループなので、残りの8人が自由に質問をしていく。
時間がある程度経過したら、ペア交代。
個別に質問でき、それぞれがリラックスして活発に質問が展開された。

シェアリング終了後、長畑さんが今日発見したことは?と投げかける。
「コミュニティにはたくさんの自主的なアクションがある」
「自分のコミュニティについてシェアできて幸せだった」などの意見が。

最後に長畑さんが、
「コミュニティは色々な活動をしてきた。それは政府やNGOができる
 ずっと前から。同時にコミュニティには新しい動きもある。
 新しいアイデアはどこから来たんだろう」

それを長畑さんが研修員の個別の事例から引き出していく。
ネパールのディポッグさんの地域では最近フルーツを換金作物として栽培、
食品加工をしているが、そのアイデアは20年前のJICAボランティアから来ている。
当時はアクションにはつながらなかったが、最近政府に働きかけをして実現したそう。

全てのコミュニティは力を持っている。
次の質問は、それをどうファシリテートできるか、
どのようにしてコミュニティの力を利用できるか、
それをモジュール2で考えることにしよう、と締めくくり。

2009年11月09日

近代化とコミュニティへのインパクト

まずは研修員による昨日のふりかえりから。
今日はレオとクリスティーナさん。
なんと今回もワーク。昨日コミュニティの変化を考えたことを受けて、
コミュニティのリアリティを知ることが必要ということを考えるワーク。

レオがバナナの皮を剥くようなアクションをする。
何をしているか、答えを求める。他の研修員がいろいろと答えを言うが、
どれもあたらない。それもそのはず、「答えはない」というのが答え。
つまり外部者には内部者が内をしているか、その答えを持ち合わせていない。
だからよく見ることが必要、というワークだった。
ワーク後、フィリピンとソロモンからのおみやげをもらう。

午前のセッションは、「コミュニティでの変化」。
金曜日のワーク「change in community」ででてきたものから、
一つか二つを選び、自分たちのコミュニティでの具体的な変化の事例を
個人ワークで考える。具体的に、というのがポイント。
ちなみに僕は「携帯」と「汚染」を選択。

それをグループ4人でネガティブとポジティブを横軸に、
個別と共通事例を縦軸に分けていく。

うちのグループは最初あまり具体的な事例がでてこず、
一般化されたものが多かったが、少し突っ込みを入れると、
具体ができてきた。
例えば、「外国人の流入で文化が変容していっている」という話。
中身を聞いていくと「若者が外国文化に感化されて上半身を裸で街を歩く」に。
でも、うちのグループは個別のポジティブな変化がほとんどでず。
もしかしてネガティブな変化にばかり集中していることの表れか?

午後のセッションは、「地域のコミュニティへのインパクト」。
具体的な変化で何かインパクトを受けたことがある?と長畑さんが投げかける。

「言葉」、「儀式」、「薬」、「教育」などのテーマ毎に全体で考えていく。
少し抽象的な話が多くなってきたところで、
長畑さんが「老人が軽視される、尊敬されないようになっている構造は何か」
と投げかける。そして、長畑さん自身のおばあさんの例をシェア―。
そこから一気に具体的な対話、地上戦に入ることができた。
長畑さんがおばあさんの気持などもシェアされたので、
研修員にもイメージしやすかったようだ。

最後に「近代化と地域へのインパクト」というテーマで長畑さんがPPで紹介。
「国会は満足なサービスを提供できていない」
「民間では全てのニーズを満たせない」というのを確認した後、
「国家」と「市場」というファクターの存在を押さえる。
両者とも受け入れるしかないが、ネガティブなインパクトも含む、と。


終了後、関係者でふりかえりを行う。
明日以降、より具体的な事例を元に進めていくために
研修員の個性と、それぞれのコミュニティとの距離感などをシェア。
最後に明日の予定を確認して終了。

2009年11月08日

「why」で聞かれた時の私の返答

中田塾での話題を一つ。

フィリピンでの話。
ルームメイトの韓国人に「なぜ髭をはやしているのか?」と聞かれた。

その時私は「なぜって言われても、、、」と思いながら、
ちょっと考え「いやまぁ、NGOで働いているし、剃らなくてもいいからね」と答えた。

しかし、自分で答えていて、なんだか違和感があったので、
ちょっと自分で考えてみた。「もしwhenと聞かれたらどうだったか?」

そしたら明確な理由があることに思い至った。

whenならそれは明らかで、最初に就職した時。
中古車の輸出の貿易会社。仕事は主にニュージーランドのバイヤーの相手。
バイヤーと一緒にトヨタなどのディーラーに行って商談したり、
オークションに行ったりして車を買う仕事。

その時、僕は二十歳。
ただでさえ東洋人は若く見られるのに、実年齢も若い。
それだと舐められるから、髭でも生やしたら?と先輩に言われたのがきっかけ。

理由はあった。でも「why」と聞かれた時には思い出せなかった。
なので、その時に思い至った適当な答えを言った。

なるほど、「why」には操作をする余地がある。
それは意図的ではなく、聞き手の方法によるんだと実感した一こまでした。
posted by taku at 15:26| Comment(0) | 丁稚、考える。。。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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