2009年08月21日

各国のドキュメンタリー事情とNGOの表現について

昨日のふりかえりから。
昨日の最後に見た広島のドキュメンタリー。
エクアドルのヴィヴィアナさんが途中で泣きだしてしまった。
そのことについて。

「あの後、みんなで話をした。
 そこでわかったのは、ラテンアメリカの人のセンシティブなところ。
 アフリカの参加者は大丈夫だったようだけど、あのような
 ドキュメンタリーは私たちには耐えられない。
 もちろん知らなければならない気持ちはあるのだけど、
 理解してくれると嬉しい。」

その後、みんなでディスカッション。

ケニアのジョセフさんは
「確かにショッキングな映像だった。
 ラテンアメリカの人たちの心情には敬意を払うが、
 私はもっと見たい。知るべき現実だからだ。
 ケニアでもHIVなどでこのような表現するし」

すると、アルゼンチンのギシェさんから
「私たちの国ではこんな直接的なドキュメンタリーはない。
 顔を隠したり、模型を使って表現をしたりする。
 表現を間接的にしても伝わると思う」

同じくアルゼンチンのロクサナさんからも、
「そう。それに繰り返し繰り返し悲惨さを表現する。
 昨日の映像も1時間あった。もっと短くても良いのでは」

東ティモールのジャスティのさんからは
「私は良い映像だったと思う。
 私たちに考える機会を与えてくれた」と。
レジスタンスとして闘ってきた彼にはたいしたことがなかったか。

さらに話は展開して、NGOの表現について。
中田さんから
「NGOでもみじめな写真などを使って、
 資金を集めるところがある」と問題提起が。

「そうだ、確かにある。私たちはそのような表現はしてはいけない」
とヴィヴィアナさん。

話は尽きず。


午後は中田さんからE-codeなどの話を。
初めて英語で聞いたが、英語のほうがfact questionについては、
わかりやかった。参加者は一様に感心&勉強になった様子。
posted by taku at 00:00| Comment(0) | JICA研修(中田コース) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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