2009年07月31日

空中戦から宇宙戦?

今日の一こま。
中田さんとおしゃべりをしていた。(今日は一日中おしゃべりだったが)
テーマはなんだっけ?
確か中国の経済発展と少子化についてみたいな感じだった。

おしゃべりだからもちろん空中戦である。
一応、普段から地上戦と空中戦を区別するようにし、
パーセプションの質問をしないように心掛けていた。
できる範囲でだが。

今日の話はおしゃべりだから空中戦だと判断した。
で、油断してというか、中田流に言えば限定解除をした。
で、僕はこう質問した。

「資本主義は成長を続けていく必要があるんですね」

すかさず中田さんから
「それはパーセプションだよ」と言われた。

そこでハッとさせられた。

上記の質問がパーセプションだった、という気付きではない。
いくら鈍い僕でも上記の質問が、パーセプションだと気づいていなかった
訳ではない。空中戦の中にも一段階抽象性を上げてしまう、
パーセプションが存在するということが発見だった。

実はずっと空中戦という言葉の中身が掴めないでいた。
パーセプションのやりとりは全て空中戦だと思っていた。
つまり、実務的には意味のないものだと理解してきた。

パーセプション=空中戦が合っているのか、合っていないのかは
まだ答えを持っていないが、
よりマシな(より抽象的でない)パーセプションのやりとりがある、
ということが分かったことが収穫だった。

なにせ僕の日常の会話はほとんどパーセプションである。
とりあえずそこをマシにすることから始めよう。
中田さんも練習にはなるだろうって言ってたし、
例えるなら空中戦から宇宙戦に突入しないように、ということかな。

ただ宇宙戦争のタマが当たるかどうかは知らないなぁ。
中田さんが空中戦って言っているのは
ゼロ戦とかのタマがあたらないっていう意味らしいから、
宇宙戦のタマがあたったら違うなぁ。

パーセプション:考え、意見、思いこみ等を指す。
パーセプションという言葉もレンジがけっこうあるなぁ。

2009年07月30日

基礎の習得を目指して

昨日、中田さんとこれからのマスターファシリテーション講座について話し合った。
フォローアップや中級コースをどうするか。

それほど集中して話した訳ではなくて、おしゃべりの延長ぐらいだったが、
まず現状のかんたんな分析をした。

基礎コースの内容、そして過去の受講生の習熟度など。

結論は「上級コースはともかく、中級コースで新たに教えることはない。
基礎コースで全て説明すみ。しかし、受講生が必ずしもマスターしている訳ではないので、
基礎コースのマスターのためのフォローアップコースが必要」だった。

つまり中級コースを設けて新しいことを学ぶのではなく、
フォローアップという意識で基礎コースの習得に努めるというもの。

あえて言えば、基礎は中田マニュアルの1〜8、中級は9〜13というところか。
僕自身、基礎すら頭に入っていなく、練習不足なのは明らか。

とりあえず今日から中田マニュアルを毎朝読むことにした
パナの社員が松下幸之助語録を胸に忍ばせ、毎日読むように。
(もしかして知り合いの人だけかもしれないが)

2009年07月29日

リーダーシップとファシリテーション

「わかったぞ」
と中田さんが突然呟く。
上記表題の共存というか、すみ分けの答えに至ったらしい。

代表の責任者がどうリーダーシップを発揮しつつ、ファシリテーションを行うか、
相談されたこともあるらしいし、中田さん自身シャプラで難しさを感じていたらしい。

その答えは中田さんの知的所有権ということでここでは封印。
気になる方は講座で質問してみて下さい(笑

話は変わって、最近来客多し。
昨日は中田さんのラオスでのプロジェクトの後任の後任のNさん。
今日は、神戸大学院生のNさん、神戸のNGOスタッフで受講生のTさん。
みなさん、機会があったらまた来てくださいね。

2009年07月28日

間違ったセルフエスティームの上げ方

ファシリテーター講座終了後の交流会での一こま。

リーダーの大変さについて空中戦をしていた時、僕はこういった。
「リーダーがアイデアを出してひっぱていくのが大変。
それをやっていたAさんはえらい。」と。

Aさんは「何かそういう言われ方は苦手。でも、セルフエスティームを
上げてもらっているんだ(から苦手と感じてはいけない)」と答える。

その場はそのまま流れたが、
それにずっと違和感を感じていた。
で、思いあたったのは、中田さんの次の言葉。

「人は自尊感情が上がればオープンになる。しかし、お世辞は相手にばれるので、
セルフエスティームは上がらない」

つまり、中田流に解釈すれば、僕がヘボでセルフエスティームの上げ方を
間違っていたのがその原因だと。セルフエスティームを上げられて、
居心地の悪さを感じることはないはずだから。

どう間違っていたかですが、それは簡単。
事実でなく、パーセプションだったからだろう。

つまり、Aさんが本当に頑張ってきたこと、
達成したことの事実を評価することができたなら、
Aさんはそんなに居心地が悪くなかったはず。

が、僕はあの時パーセプション、つまり推測と一般論でAさんの良さを述べた。
それがピンポイントではなく、的が外れていたことが原因だと思われる。
漫然と評価したために、Aさんからすればそうじゃない、と思う部分も多かったり、
ほんとにわかっているの?と思う部分もあったのだと思う。

このやりとりを振り返って、お世辞とはむやみに褒めるだけでなく、
事実や根拠に基づかない賞賛のことでもあることに気付いた。
当たり前か。でも、今までお世辞とは「心にもないこと」と思っていた。
本当に思っていても漠然としていたらよくないんですねぇ。

2009年07月27日

番外編−震災の足跡を巡る

仕事ではないが、水俣病センター相思社の代表であるEさんが
来てくれたので、神戸案内をした。

主に震災の跡地めぐりを。
最初に市役所の展望台に登り、
そこから見えた神戸税関の税関定食?を食べに。

その後、「1.17希望の灯り」→「慰霊と復興のモニュメント」
→「神戸港震災メモリアルパーク」とまわった。

どうしても水俣と比較してしまうが、
「加害者のいない悲劇」という性質が持つ明るさ、清々しさを強く感じた。
水俣ではこうはいかない。小さな地域に加害者と被害者が同居しているので。

最後のメモリアルパークでは、波止場の崩壊がそのままに残されていた。
初めて来たが、強く印象に残る場所だった。現場が語る、である。
posted by taku at 00:00| Comment(0) | 丁稚個人活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。